NBO Nagoya Buru-Orenji

名古屋市出身の30代4人組で活動している ボードゲーム制作サークル 【NBO Nagoya Buru-Orenji】です。 特技・趣味・仕事すべてバラバラな 凸凹カルテットですが、 高校時代から培ってきた阿吽の呼吸と、 『期日厳守』『役割完遂』など 持ち前のサラリーマンスキルを活かしながら、 「社内政治ボードゲーム3部作」を制作中。 初作品「稟議王」に続く2部作目は、 会議室の光と闇を題材にした 「会議室の狩人」&「会議室の深淵」

劇場版 稟議王 ~ THE BAD REACTION OF DIGITAL TRANSFORMATION ~
2022/9/12 22:08
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「稟議王」とは?

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「稟議書の電子化、ですか?」

20xx年の春、急きょ総務人事部 総務課へ
異動となった私に対して、
少し意外な任務が与えられた。

「そうだ。今年度の総務課のチャレンジ
として、ワークフローでの稟議決裁を
運用開始することが求められているんだよ」

新しく上司となった総務課長が、
髭の剃り具合が甘い顎を撫でながら、
状況を説明してくれる。

ーーなるほど、課長はそこまで乗り気ではないわけか。

僅かな諦念を込めながら発せされた
受身の表現から、
上長の本件へのスタンスを察する。

「承知しました。
何にせよ、まずは情報を集め、
ワークフロー化を承認いただくための稟議書を
手配しなければなりませんね」

「そうなる。異動したばかりで大変だろうが、
現状の仕組み、電子化によるメリット・
デメリット、実現までのロードマップ等を
端的にまとめて欲しい」

「わかりました」

もちろん、まだ何もわからないに
等しいのだが、
ミッションなのだからやるしかないし、
返事は悪いよりも良い方が望ましいのだ。

まずは、情報収集を兼ねた
身内の根回しからかな……

そして、20xx年の夏季休暇明け、
蒸し暑いエレベーターから降り、
他のフロアよりも僅かにひんやりとした
空気が流れているように思われる廊下を、
私は社長室に向けて歩いていた。

社長室の数メートル手前で立ち止まり、
再三ではあるが、稟議書に誤記がないか、
添付書類に漏れがないかを軽く確かめつつ、
これまでの道のりを思い起こす。

これまでと業務手順が変わることに
極端なアレルギー反応を示していた、
総務課の歴史を知るベテラン社員の懐柔が、
本件の第一歩だった。

結果的には、現状の課題が明確になって
有意義だったと言えるし、あの人には
実運用にあたり引き続きお世話になるだろう。

ワークフロー化に実は後ろ向きだった課長を、
初めからやる気だったかのように
振る舞わせるための後押しもしたっけな……

会議で急に「俺は聞いていない」と
言いだすこともなかったし、
かなり自由にやらせてもらえているだけ、
自分はツイていると思う。

社内手続のありかたにうるさい財務部長と、
規定の解釈をめぐって衝突したことも
あったが……話せば分かるタイプで助かった。

むしろ、あっちに釣られてくれたから
ワークフロー化に必要な費用の確保を
想定よりスムーズにクリアできたとさえ
言えるかもしれないな。

----よし、書類に不備はないし、
関係各所への根回しも十分。

社長の好みも把握した上で、
稟議書内に殺し文句もいくつか盛り込んだ。
これなら通ると思うが……

当社の慣例で、社長決裁までが
必要なレベルの案件は、
原則として、起案者本人が直接社長へと
お持ちすることになっている。

いかに万全な稟議書を仕上げたつもりでも、
結局は決裁者次第なのだ。

最後のハンコが押されるまで、
それどころか、押された後だとしても、
緊張を解くことは許されない。

緊張感を高めながら廊下を最後まで進み、
社長室のドアをノックする。

自分のオフィスのドアとは
比べ物にならないほど、
小気味良い音が周囲に響き渡る。

「どうぞ」
「失礼いたします」

「おお、君か」
「社長、お疲れ様です。
お忙しいところ誠に恐れ入りますが、
10分程お時間よろしいでしょうか?」
「構わないよ。
あれだろう?稟議書の電子化の」
「はい!おっしゃるとおりです!」

よしよし、想定していた数パターンのうち、
比較的望ましいリアクションが頂けたな。

「いやぁ驚きました。
まさか、ご報告前にお察しいただけるとは……」
「いやいや、私としても期待している案件だからね」
「ありがとうございます!
こちらが、稟議書です」

社長に稟議書と添付書類の一式をお渡しする。
こちらからご報告する前に
まずは一読されるタイプだというのは
重々承知しているので、とりあえず待機だ。

ある意味で、稟議書の正しい使われ方と
言えるのかもしれないな……
などと思いを巡らせていたところ、
パラパラと稟議書に目を通された社長が
口を開かれる気配を感じた。

「ーーーーうん、よくやってくれた。
これで我が社のDXは一歩前進するだろう」
社長の手で、即座に決裁印が押される。

補足説明を覚悟していた身としては
拍子抜けではあるが、
まぁそれなりに有り得ることだ。
効率的で大変望ましい。

「引き続き、よろしく頼むよ」
「ありがとうございます。
まだまだ実運用までにクリアしなければ
ならない課題はありますが、会社に僅かでも
貢献できそうな見込みが立って、
ホッとしております」

実際、安堵しているのは本音だ。
異動早々、これまで誰もが目を背けてきた
課題に着手することになってしまったわけだし。

よそ者に改革の旗振りが押し付けられることは
世の常とはいえ、今回もまた、
なかなか綱渡りの社内政治を強いられたものだ。

「ところで、一つお願いがあるんだが……」
「はっ、何でしょうか?」

社長から決裁済の稟議書を受け取りつつ、
嫌な予感、とは言いがたい程度の
かすかな違和感を覚える。

相手は代表取締役だ。
私ごときに依頼する必要はなく、
ただ命令すれば良いだけの立場で
いらっしゃる。

そんなお上の方がわざわざお願いを
されるケース……
代表的なのは、「大したことのない矛盾」を
通そうとされているときだ。

「最近、恥ずかしながら老眼が進んできてね……
総務課の稟議書だと、添付書類が内実ともに
細かいことも多いだろう?

私自身が隅々までチェックしなければならない
レベルの案件もしょっちゅうだしね?

他部署のものは完全にワークフローでも
構わないんだが……」

「かしこまりました。
総務課の案件については、
添付書類を書面でも
お持ちするようにいたします」

ゆえに、忖度した上での即答が正解である。

「おお、そうか!助かるよ!!
そうしたら、引き続き手元のファイルにも
残していけるしな……

とはいえ、以前よりは
かなりスリムになるだろうがね」

社長のニヒルな笑顔に合わせて、
微笑みを返す。
これで、この案件は完了だ。

ーーーハンコの時代は終わらない。
ーーーーーー終わらせたいなら、まずはハンコを回すことだ。

たとえ、何度回しても終わらない時代でも、
私達は昨日よりは前に進んでいるのだから。

そう思わなければ、
次の一歩を踏み出す力さえ
失ってしまうのだから……

 

出 演

「私」

青髭の目立つ総務課長

歴史を知るもの

規定・解釈・ガードナー

代表取締役社長

目つきの鋭い社員(友情出演)

主流派に追随する社員(友情出演)

 

脚 本

オゴロゴロン

 

監 督

NBO Nagoya Buru-Orenji

 

 

ーーーーとある企業の休憩室で、
2人のサラリーマンがコーヒーを
片手に談笑している。

話題は、社内政治の趨勢についてのようだ。
そのうち一方の、目つきの鋭い社員が
少し興奮したような様子で、
会話を主導している。

「先輩は本当に凄いんですよ……
異動から僅か半年で、長年の懸案事項だった
稟議書のワークフロー化まで
こぎつけてしまったんですから!」

「確かにそうだよね。
さすが、我が社きっての優秀社員だ。
今後とも、よしなにさせてもらいたいね」
「……ふふっ」

会話が弾む中、目つきの鋭い社員が、
急に思い出したように笑い声を上げた。

「あれ、私、何かおかしなことを言ったかな?」
「いえ、すみません。
稟議書の件が上手くいった後、
先輩と飲みに行く機会があってーーーー」

「先輩、今回も大活躍でしたね!
さすが、期待の優秀社員!!」

「ありがとう!
でも、優秀社員とか言うのは止めてよ……

別に私は、特別に優っているわけでも、
秀でているわけでもない。
なんていうか、偉そうで肌に合わないからさ……」

ある居酒屋のテラス席、本心からの敬意が
こもった鋭い眼差しと賞賛の言葉を受けて、
面映ゆさからなのか普段よりも早いペースで
ビールをあおる1人のサラリーマンが、
歯切れの悪い返答をしている。

「いやいやいや、先輩が優秀社員でなければ、
誰がそうだっていうんですか!
あんなに見事な稟議、なかなか通せませんよ!!」

「そんなことないよ。精一杯努力した結果、
何とか上手くいっただけで……」

賞賛を受け続けるサラリーマンは、
傍目から見ても真っ赤で、
それがアルコールの作用によるものなのか、
毛恥ずかしさから来るものなのか、
もはや本人にも分からないといった様子である。

「ええ……じゃぁ優秀社員でなければ、
何て言えば良いんですか?神ですか?」

「へっ!?いや、神はもっと勘弁して……
そうだなぁ…………よし、分かった!
もし、私に異名をつけてくれるなら----」

ーーーー尊敬する先輩社員の、
真っ赤でいたずらな表情を
思い出しながら、休憩室の後輩社員が言った。

「先輩のことは、
 是非、こう呼んであげてください……」

稟議王~ハンコの時代は終わらない~

劇場版 稟議王 

~THE BAD REACTION OF DIGITAL TRANSFORMATION~

終 劇

 

 

 

「……何だそりゃ。
優秀社員より偉そうじゃない?」
「先輩なりの照れ隠しなんですよ、きっと。
あの人、少年マンガとか大好きですし。
……あ、まずい。そろそろ時間ですね。
先輩から引き継いだ案件なんで、頑張らないと」

目つきの鋭い社員が、少し慌てた様子で
コーヒーを飲み干して、
その場を離れようとする。

「そうかそうか、忙しいところ悪かったね。
 あれ、次の仕事って何だっけ?」
「ええ……会議、ですよ」

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