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オリジナルカードゲームの販売と試遊。正体隠匿系ゲームが多め。『斯くして我は独裁者に成れり』『ひぐらしのなく頃に-我-』『邪神がこの中にいル』など。

【L03-04】なぜ我独には「全員で勝利」があり、なぜ勝利に差を付けなかったか
2019/12/1 11:52
ブログ





総じてアナログゲームはコミュニケーションゲームだと、もしくはコミュニケーションそのものだと思っている。

たまに1人用のアナログゲームはあるが、基本的には他人と対面して遊ぶのがTRPGやボードゲームをはじめとするアナログゲームなのであり、つまり他人の存在、他人との関係性、他人とのコミュニケーションが必要不可欠なゲームであって、最終的に「ゲームの存在意義そのものがコミュニケーション」と言っても過言ではないと思っている。



どういうことかと言えば、アナログゲームの「目的」はコミュニケーション(の成功)ではないだろうか、というコトだ。

やはりゲームなので、その目的を問われると「勝つこと」と答える人が多いのかもしれないが、しかし例えば「ゲームには勝ったけど、プレイヤー同士は殴り合い寸前になってしまい、二度と口をきかない関係になってしまった」という結果の場合、果たしてアナログゲームをプレイした意義や意味があったと言えるだろうか。

逆に「ゲームには負けたけど、このプレイを通じて新たな友達や仲間が増えた」となった場合、それでも「ゲームには負けたのでプレイの価値は無かった」と言ってしまってもいいのだろうか。

さらに言えば、TRPGなど勝ち負けはほぼ存在しない。

そう考えれば、やはりアナログゲームをプレイする意義というのは「楽しいという体験の共有」にあるわけで、つまりはコミュニケーションが上手くいったことこそがその意義だと言えるだろう。



前置きが長くなったが、『斯くして我は独裁者に成れり』は、ここをかなり重要視してルールデザインした。

すなわち「勝ち」よりも「コミュニケーション」を上位においてルールを規定したのだ。



我独の大きな特徴のひとつに「全員で勝てる」というものがある。

詳しいルールはここでは割愛するが(くわしくはこちらhttps://ahcahc.com/creative-ahc/kushiteha/)、むしろ我独は1人で勝つことの方が少ないゲームである。





これについて発売前から現在までよく言われるセリフがある。



  「勝つことの意義はどこにあるんですか?」



【民衆】という役職は、全員がこのカードを持ち続ければ「全員が勝利」である。

このルールを読んだとき、「だったらみんなで約束して全員が【民衆】を持ち続ければ勝てるじゃん」と思うと同時に、「それで勝って何が面白いんだろう?」「ゲーム性はどこにあるんだろう?」と考えてしまう人が一定数いるようだ。

さらにもっと具体的に



  「勝ち方によって得点の差でもあるんですか?」



と聞かれることもある。

そう、例えば「【民衆】で勝てば1点、【独裁者】で勝てば5点」とかすれば、「この勝ち方だと得点が低いから、もっと高得点の勝ちを狙おう」という意識が働き、「勝ちに対する意識」に対する動機付けが強くなるだろう。



ルールデザインの段階で、この手法を考えはした。

競技性を高めるのであれば、こうすべきだろう、もしくは「勝ち人数」によって得点を与える等をすれば、表現は変だが、ゲームらしいゲームになっていたかもしれない。

でもこれは敢えて付けなかったのである。



  なぜなら、勝ちよりもコミュニケーションを重視したかったからだ。



「全員で勝っても、一人で勝っても、どう勝っても同じ『勝ち』です」とした上で、「ではどうしようか?」という部分をプレイヤー全員で考えてもらうことで、そのコミュニケーションを楽しんでもらいたかったのだ。



自分で我独をインストをする際には、まず最初の1ラウンド目を1回プレイしてもらうようにしていて、つまりは試しに役職カードを2枚クローズドで捨ててもらっているのだが、これをやるとみな楽しそうに、ニヤニヤしながら、カードを捨てるのである。

もちろん【民衆】はどういう役職かを説明している上でだ。

そして結果と言えば、半数ぐらいは【民衆】を捨てる。

ひどい時には、【民衆】を捨てなかったのは1人しかいなかったということもあったぐらいだ。







こちらとしては、この時点で「大成功」。

【民衆】を捨てた人も、【民衆】を捨てなかった人も、「全員が共謀してこの結果を出した」のである。

ノリが良い卓だった場合、いかにもわざとらしく「もー、誰だよー」なんて声が上がることすらある。

もちろんこの結果は全員が満足しているのだ。

ゲーム的に言えば裏切られた人がいるのにも関わらず、それで嫌な思いをしている人は一人もいない。

むしろ初対面にもかかわらず、不思議な一体感すら出来ている。

カードを通じてコミュニケーションを図り、1つの目的を達成することで、「楽しいという体験を共有した」のであり、この時点ですでにアナログゲームをプレイする目的が達成されているとすら言えてしまうのだ。



  我独には、勝ち負けよりも重きが置かれる価値が存在するのである。



もちろん競技性の強いMtGなどのアナログゲームもあるし、それを否定するものではないのだが、それでも世の多くのアナログゲーム、特にゲームマーケット系のゲームの多くの目的は「コミュニケーション」ではないだろうか。

なので、我独では、【民衆】以外にも色々と楽しくコミュニケーションできるよう強調してデザインしたのだし、ここも評価された点ではないかと思っている。