ヒノマルゲームズ

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で、『脱法トリテ』が産まれたってわけ
2026/9/13 23:48
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【前書き】
皆さんは、トリックテイキングの必要条件について考えたことはありますか?

私はまず、「カードを一人ずつ、一枚ずつ出し、その強弱によって勝敗を決める」という、ひとまとまりの勝負=トリックがあること。これが必要な条件だと考えております。

ただ、これを「一人一枚ずつカードを出して、強弱で勝敗を決める」と大づかみに捉えると、バッティング系のゲームにも当てはまり、その中には、私の感覚ではトリテと呼ばない作品もあります。

では、「同時に出すか、順番に出すか」が境界なのでしょうか?
それとも、順番に出すことで生まれる何かが重要なのでしょうか?

今回は、そんな「トリテとトリテじゃないゲームの境界」を、私がどのように考え、制作で目指したのかを書いていきます。

【制作のきっかけ】
「これはトリテなのか?展」の話を聞いたことが、制作のきっかけです。

トリックテイキングというメカニクスの歴史は長く、いろんな人に愛されて(もしくは嫌われて)きました。その中で、「何をもってトリテとするか」という解釈にも、人それぞれの違いがあります。

ゲームマーケットでも、制作者が「トリテです!」と言っている一方で、ルール説明を聞いた人が「いや、それはトリテではなくない?」と思うことがある。

いわゆる「トリテ警察」です笑
「マストフォローがないと」
「いや、それがなくてもトリテは成立する」
「遊んだ感じがトリテじゃない」

こんなふうに、どこを重視するかによって判定が変わる
私はこの線引きを面白いと感じました。

同じゲームを見ているのに、ある人にはトリテで、ある人にはトリテではない。
ならば、その判断が割れるような場所を、意図的に狙ってみたい。

トリテ警察が取り締まろうとして、いったんルールを読み直すようなゲーム。
そんなものを作れないかと考えたわけです。

【制作と制約と誓約】
制作にあたって、自分にいくつかの縛りを設けました。
4スートを使うこと
複数のランクがあること
切り札があること
これらは、今回の制作で残すと決めた要素です。

境界を探すために何もかも自由に変えてしまうと、どこでトリテらしさが失われたのか、自分でも分からなくなってしまいます。
そこで、カードの構成や強弱の仕組みには、見慣れたトリテの形を残しておく。そのうえで、別の部分を動かしてみることにしました。

4スートあります。ランクもあります。切り札もあります。
うん、なかなかトリテっぽい笑

この状態から、どこまで怪しくできるのか。
それが今回の制約であり、目指すところでした。

【境界の見つけ方】
「これはトリテなのか?」と思わせる作品を作るには、大きく二つのアプローチがあると思います。

ひとつは、足すこと。

トリテ以外の要素を加え、ゲーム全体に占めるトリテの割合を小さくしていく方法です。

極端な例を挙げるなら、スタートプレイヤーを決めるためだけにトリテを遊び、その後は普通にカタンを遊ぶとします。
その一連の遊びを「トリテを遊んだ」と紹介するのは、私にはしっくりきません。たぶん「カタンを遊んだ」と言うと思います。

もちろん、ルールの数だけで決まる話ではありません。
遊んでいる間に何を考え、何を楽しんでいるのか。その中心が移ることで、トリテの濃度が薄まるのではないか、という話です。

ふたつめは、減らすこと。

トリテらしい要素を削り、どこまで減らしてもトリテと感じられるのかを探る方法です。

私がトリテらしさを感じる要素には、トリックがあること以外にも、複数のスート、複数のランク、マストフォロー、切り札などがあります。

ただ、そのすべてを満たしていなければトリテではない、というわけでもありません。どれかを欠いていても、トリテと受け取られるゲームはあります。

そう考えると、「このルールがあるからトリテ」「これがないからトリテではない」と、一項目だけで線を引くのは難しそうです。

私は今回、主にこの「減らす」方向から境界を探すことにしました。
ただし、先ほど誓った三つの要素は残します。

では、何を減らすのか。
そこで目を向けたのが、カードを選ぶときに分かっている情報でした。

【実際に行ったアプローチ】
最初の話に戻ります。

「カードを一人ずつ、一枚ずつ出し、その強弱によって勝敗を決める」

この文章には、カードを「いつ公開するか」が書かれていません。

一人ずつカードを出すことと、一人ずつカードを公開すること。
普段はまとめて行っているこの二つを、分けて考えてみます。

例えば、次の二つです。

  • 順次公開:一人が出したカードを公開し、次の人はそれを見てから自分のカードを選ぶ。
  • 同時公開:一人ずつ裏向きにカードを出し、全員が選び終わってから一斉に公開する。

どちらも、一人ずつ、一枚ずつ出して、最後にはカードの強弱で勝敗を決めます。
でも、後の手番の人が判断に使える情報は大きく違います。

順次公開なら、「今はこのカードが勝っている」「これを出せば上回れる」と考えられる。
同時公開なら、先に出されたカードの正体を予想しながら、自分のカードを選ぶことになります。

なお、全員が選び終わった後で一枚ずつめくっても、選ぶときの情報は増えません。
ここで重要なのは、公開された情報を見てから、次の人が選べるかどうかです。

カードの構成も、勝敗の決め方もそのままに、判断できる情報を減らす。
ここで、トリテらしさに振れ幅を作れるのではないかと考えました。

そして『脱法トリテ』では、自分のカードの表面も見えなくしました。

裏面に書かれているのは、ランクと、その裏面を持つカードのスートの内訳。
手がかりはありますが、目の前の一枚が実際にどのスートなのかは分かりません。

自分が出そうとしているカードでさえ、切り札なのかどうか確信できないわけです。

その状態で、一人ずつカードを選び、「勝つ」か「負ける」かを予想して、裏向きに置く。
全員が出し終えたら公開し、切り札やリードスートに従って勝敗を決め、予想が当たったかを確認します。

後の手番の人は、先に出されたカードの裏面や勝敗予想を見て考えられます。順番に出す意味は残っています。
ただし、見えているのは確定したスートではなく、その候補です。

マストフォローも、裏面から分かる「スペードではない側のスート」に従います。
フォローするルールはある。でも、表に返したカードが本当にそのスートなのか、切り札のスペードなのかは、まだ分からない。

「このカードなら勝てる」から、「このカードなら勝てそう」へ。
カードを選ぶときの考え方が、少しずつ変わっていきます。

スートもランクも切り札もあり、順番に一枚ずつ出す。
けれど、自分のカードも、相手のカードも、正体を確かめるのは選んだ後。

ルールを説明しているとトリテっぽいのに、カードを出そうとすると、いつものようには考えられない。
その違和感を、今回の境界として狙いました。

【おわりに】
私がこの制作で気になったのは、「トリテらしさ」がルールの項目だけでは説明しきれないのではないか、ということです。

同じスートとランクを使い、同じように勝敗を決めていても、何が見えているか、いつ分かるかによって、カードを選ぶ感覚は変わります。

『脱法トリテ』を遊んで、トリテだと思う人も、そうではないと思う人もでるでしょう。
実際、テストプレイをしたときに満場一致でどちらかということは驚くべきことにほとんどなかったです。
そのときに「自分は、どの部分をトリテだと感じていたんだろう」と考えてもらえたら、この制作で目指した場所に近づけたのだと思います。

トリテ警察の皆さんにも、ぜひ判定していただきたいです。
(できれば、判定理由も添えて)

トリテの形を残しながら、当たり前に見えていた情報を隠してみる。
そうやって、トリテとトリテじゃないゲームの間を探した結果――

脱法トリテが産まれたってわけ


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